真実とは何なのか?「罪後真相(罪の後)」

今年の金馬では主演男優賞と助演女優賞にノミネート。10月28日から台湾での一般公開もされた。私が観たのは一般公開のほうで、もうかなり上映本数は減っていた。

妻をガンで亡くし今は娘と2人暮らしの記者劉立民は、インタビューの仕事で行った先の刑務所で服役囚張正義に襲われてしまう。張正義は7年前に恋人を殺害した容疑で捕まった元野球選手。自分の無罪を晴らすため、脱獄して真犯人を探そうとしたのだ。ネットニュースの動画配信もしている劉立民は、張正義に協力を申し出る。

配役は人気者ばかりを集めたお馴染みの顔ぶれ。娘役の方郁婷(ケイトリン・ファン)は映画「美國女孩(アメリカから来た少女)2021」で、堂々と主役をはって新人賞を獲っているし、「刻在你心底的名字(君の心に刻んだ名前)2020」での瑞々しい演技が印象的な陳昊森(エドワード・チェン)の、今回追い詰められて常に緊張感が漂う演技は真に迫っていた。

その中でも張正義の姉役の安心亞(アンバー・アン)は、ほぼすっぴんでリアルな演技を披露。

「オタクの女神」といわれた安心亞も、今ではすっかり大人。演技力には定評があるが、女優としてはそれほど目立った活躍はしていなかった。台湾は若手層が厚いからなかなか厳しい。

自分のニュース動画を配信しながら当時の事件のことを探っていくが、バズったり貶されたりでどんどん振り回されていく。

真相は二転三転していくが、「じゃ本当の真実とは一体何なのか?」という命題が浮かび上がっていく。そして劉立民が最後に選択した真実にも疑問符が残る。

そう、真実は一つではないのだ。

蛇足だけど、金馬のメイン映画館である台北信義威秀影城(VIESHOW CINEMAS)では、トイレも映画の宣伝用にデコレイトされていた。

殺人現場が改装中のトイレだったからなのだが、最初入った時はびっくりしたよ。

 

追記:1月21日よりNetflixで「罪の後」のタイトルで配信開始。

李康生の設定に疑問が残る「童話・世界」

一時期映画の出演が少なかった張孝全(ジャン・シャオチュエン)だったが、今年は「罪後真相」と合わせて2作主演作が上映された。「童話・世界」は今年の台北電影節のクロージング作品にも選ばれた。

張孝全はこの映画で、セクハラ事件の被害者を擁護する熱血弁護士張正煦を熱演している。被告はお金持ちで地元の名士でもある塾の講師の湯先生。実は湯は何十年にも渡り、塾の教え子たちに次々と恋愛と称して弄ぶ手を出す変態野郎なのだ。

しかしそれを演じているのは李康生。見た目からして変態的な中年のおっさんである。しかも毎回毎回、同じ童話の話をもじって女の子達を口説いているというのだから更に変態さMAX。それなのに何故次から次へと可愛い女の子が彼を好きになってしまうのかまったく分からない。

実は張正煦は新米弁護士の時に、この湯の弁護を担当している。この裁判に勝ったことで、当時好きだった女性にも痛手を負わせてしまう。そのリベンジのためにも張正煦は湯を打ち負かそうとするが、決め手になるものをなかなか見つけられない。

一応法廷劇だが、いまいちあやふやな裁判なのであまり映画として盛り上がらない。ただ単に湯に振られた女の子が悔し紛れに訴えただけに見える。セクハラと言ってもセックスを強要したり、レイプなどはしていない。湯のやり口は高価なプレゼントを与えて、女の子が自発的に同意するように仕向け、セックスして飽きたら捨てるという繰り返しなのだ。確かに人としてクズだが、法に則ってそれを裁くことは出来ないだろう。

なので最終的には違う形に持っていくのだが、金も権力もある湯にとってはそれほど痛手になるとは思えない。

そういうずっとモヤモヤする映画だった。俳優たちはみんな良かったけど。

少女に何が起こったか?「小藍」

おぼこい女の子がセックスを通して、性と愛と自分を探すお話。台北電影節や、釜山でも入選。台湾では11月4日から一般公開。

不動産会社の営業をしている母親と2人暮らしの小藍。この母親が現役バリバリで、仕事中の内見先などで不倫をしても平気な度胸も持っている。自分に対して常に自信を持てずにおどおどしていた小藍は、クラスの人気者男子と海辺で初めてセックスしたことで有頂天になる。しかしこの男子がかなりのアホで、小藍とセックスしている写真をこれまた友人のアホ男子のSNSに送ってしまい、それが学校中にバラまかれてしまう。

学校での居場所を失った小藍は、マッチングアプリで出会った男とセックスするようになる。男たちに求められる快感を得ながらも、その場限りの関係に虚しさも覚える。

大人になるということが、「日常生活でセックスすることが普通になる」ということならば、これは小藍がまさに大人になった瞬間をとらえた映画である。しかし小藍は性欲と愛情の区別もつかず、セックスが何かよく分からないまま混乱する。

ってそれはそうだろう。これは正解の出ない問題なのだ。何十年も生きて最期にやっと「もしかしてこうなのかなあ?」と思えるぐらいの難問だ。

この映画を観て思い出したのは、フランス映画の「17歳」。こちらも17歳の女の子が初体験を済ませた後、売春に走るお話だ。ここでもみんなから何故売春をしたのか聞かれるが、主人公の女の子は答えられない。答えが分からないから売春を繰り返したとも言える。

主人公の小藍を演じるのは、王渝萱(ワン・ユーシュエン)。経歴はまだ浅いが既に賞レースの常連になっている。最近だと「該死的阿修羅(阿修羅/アシュラ)」の数学の天才少女役も好評だった。

 

経験前と経験後でガラッと変わる。女子はそうだよなあ。男子はどうなんでしょ?

小藍のバイブを使った自慰シーンもあるが(ここの演技も秀逸)、「エクスタシーを得るだけだったら、男はいらない」と分かるだけでも、セックスの呪縛から逃れらるんじゃないだろうか。

映画の最後のほう、ケンカしていた母親と仲直りして海辺で2人で並ぶ姿はいいシーンだ。そのうち2人で酒でも飲みながら、男についてやいやい言い合えるような関係性になればいいなあと思う。

へこたれない人々に送る応援歌「窄路微塵(星くずの片隅で)」

映画「犯罪現場(2019)」で、古天樂(ルイス・クー)に負けない存在感を出した張繼聰(ルイス・チョン)の主演作。シングルマザー役の袁澧林(アンジェラ・ユン)が悲惨な状況でも前向きに生きるイマドキの女の子を好演。

小さな清掃会社を営んでいる窄哥は、独身で老いた母親との2人暮らし。同じ建物に住んでいるシングルマザーと一緒に働くうちに、次第に彼女につられて自分も前向きな気持ちになっていく。しかし彼女のミスで会社は営業できなくなり、自分も転職を余儀なくされる。それでも2人の人生は続いていく。

今年の金馬獎は香港映画が多くノミネートされていて、どれも人気であっという間にチケットも売り切れ続出となった。その中で必死になってゲットした1枚。

この作品の成功の要因はこのシングルマザーのキャラ設定。悲惨な状況でもめげずに図太く生きていこうとしている。例えお金が無くてもカラフルなファッションやキラキラしたインテリアをあきらめたりしない。根性もあるし、努力もするけど、万引きのようなズルもしてしまう。

一方のしがない中年手前の窄哥は、人生の負け犬決定とばかりに半分諦めながら生きている。それでも仕事は手を抜かずに丁寧に仕上げるので顧客からの信頼は厚い。

会社が潰れた時、もう2人はだめなのかと思ったが、その後の展開が予想のはるか上でつい笑ってしまった。でも低空飛行のまま続く人生もありだろうなと思う。

上映後には監督の林森と袁澧林と音楽担当の黃衍仁が登場した。もともと清掃会社の話を考えていたが、それはコロナ前だったらしい。

「撮影はコロナのピークとピークの間の時間に撮った。スケジュールもコロナの影響を受けて変更も多かった。主演女優は実は違う女優に決まっていたが、契約期間がずれてしまった。改めてカメラテストをした時に袁澧林が来て役のイメージにぴったりだったので彼女に決めた。」

袁澧林が「一番印象に残ったシーンはどこか?」という観客からの質問に対して

「窄哥が訪ねてきた後の娘との2人のシーンで、監督が途中で娘役を呼んで何か話している。その後撮影を続ける時に、その娘の言葉を聞いて本当に母親の気持ちになった。」

と言っていた。確かにこのシーンはグッときた。

こんな風に映画の話が聞けるのが映画祭の醍醐味だね。

 

追記1:2023年の大阪アジアン映画祭で上映。

 

追記2:「星くずの片隅で」の邦題で2023年7月14日から日本一般公開決定。

さわやかなポスター。

張鈞甯(チャン・チュンニン)と阮經天(イーサン・ルアン)が本気出した映画「查無此心(この心亡き者)」

張鈞甯はプロデューサー兼主演。か弱い見た目とは裏腹に確実に女優としてのキャリアを伸ばしているが、おそらく自分が演じたい役が全然まわってこないので、プロデューサーになったのだと思う。中華圏ではよくあることだ。

ここで張鈞甯が演じるのは恋人に死なれた刑事。一緒に住んでいたマンションでは眠れず、いつも恋人が残した車の中で夜を過ごす。自分も死のうとした瞬間、連続死体遺棄事件に巻き込まれる。それは不法移民の闇労働問題も絡んでいた。その不法移民の斡旋をしていたのが阮經天演じるブローカー。この2人に新米刑事が加わって真犯人を探すお話。

張鈞甯も阮經天も、役者として今までと違う役がしたかったのだろう。シリアスさと演じる難しさは、今回格段にレベルアップしている。真犯人との死に物狂いのアクションも見ごたえがある。

だからと言って殻を破ったとは言い難いのが惜しい。クールさも汚れ具合もあと少し足りない。それは社会の底辺層の話なのに、張鈞甯も阮經天も育ちの良さがどうしても滲み出てしまうからだ。

物語にしても途中から出てきた真犯人が「え?誰?」て感じで、猟奇的な事件の割にはその動機も説得力があまりない。意外な人物が犯人なのはサスペンスのお決まりだが、観客が納得できるように撮るのは難しい。

アジアでのプレミア上映で、金馬では5部門にエントリーされた。

 

追記:Netflixで2023年12月31日から配信開始。

今年は現地で「金馬影展」に参戦!!

11月15日から20日まで台北に滞在。滞在中に見た観た映画は金馬が7作品、一般上映が4作品、二輪が1作品で合計12作品。2年分の空白を埋めるが如く観倒した。

台湾のLCC、台湾虎航(タイガーエア)を利用したが、行きの昼の便が欠航になり、迷った末に羽田発の便に変更。朝5時出発なので前の晩に関空からANAで飛んで、羽田で空港泊。でもその分台北に着いてからゆっくり出来た。

宿も最初、台北當代藝術館の向かいのいい感じのゲストハウスに泊まろうとしたが、コロナ自主自粛の7日間はドミトリー使用不可ということだった。なので個室で安いところはないかとアゴダで探したら、あった。重慶北路のカルフールの近くにほぼドミトリーと同じ値段のホテルが。着いたときに電話でオーナーに連絡してドアの開け方を教えてもらわないといけないのが難だが、そこは桃園空港で中華電信の6日限定のSIMカードを買ってクリア。これも最初日本でWi-Fiルーターをレンタルしようとしたが、こっちのほうが値段も安くて荷物も増えずに済んだのでよかった。カウンターの親切なスタッフが設定を全部やってくれて10分もかからなかったと思う。6日間だと420NTD。もちろんネットも繋ぎ放題。

移動は地下鉄とバスとYouBikeというシェアサイクルを主に使った。YouBikeは昔からあったが、今は従来型のYouBike1.0の他にYouBike2.0が登場。悠遊卡(交通系ICカード)以外にスマホアプリからでも利用可能だ。私もYouBike2.0に登録しようとしたが、IDカードのナンバーと電話番号が必要で、旅行者はクレジットカードでデボジットを預けなければならず(後で返金される)めんどくさくなって断念。とりあえずYouBike1.0のままで使っていた。それでも不便はなかったが、今後はYouBike2.0だけになるようだ。

映画ばかり観ていたので観光らしい観光はしていないが、何だか街中がお祭りムードだった。

台北霞海城隍廟の隣の永安樂市場で。屋根の上の2体の人形は機械仕掛けで踊る。

寧夏夜市の近くで。山車がいくつも出ていた。龍の車は普通に道路を走っていた。

 

信義三越のクリスマスツリーは今年もきれい。台北駅はまだ仕込みの途中だった。毎年お馴染みの風景。

映画の合間に「國立臺灣博物館鐵道部」も観た。2年前はまだ改装中だった。

 

入場料は100元。庭でのんびりするだけでもいい。

台北駅の地下では許光漢(グレッグ・ハン)が微笑んでいる~。最新作の「關於我和鬼變成家人的那件事」はコメディで、予告ではほぼ全裸シーンも。金馬ではチケットは秒殺で売り切れ。

ホテルではTVで「月老」も鑑賞。これはドミトリーのゲストハウスでは出来ないことだ。「金馬獎」の生中継もTVで観ることが出来た。「月老」はNetflixでもいいから見せてくれないかなあ。

まだまだコロナ中ということもあり、いつも通りとはいかないこともあった。潰れてそのままのお店もたくさんあったし、桃園空港も免税店が開いていなかったり、利用する人がまだ少ないように見えた。

これからゆっくり回復すればいいんじゃないかな。

AIロボットは恋をすることが出来るか「アフター・ヤン」

A24といえば攻めた作品揃いの映画制作配給会社だが、どうも好き嫌いが分かれるようだ。私も全部が好きとは言わないが、前宣伝から心に引っかかる作品がとても多いので、観ている作品は多いほうだと思う。

監督は韓国系アメリカ人のコゴナダ。近未来の家族の物語だ。AIロボット(テクノ)のヤンが急に動かなくなったことで生まれた喪失感を家族で乗り越えようとする。

特にヤンを哥哥(兄さんの意味。日本語字幕ではグァグァ。何で?)と慕っていた娘の悲しみが胸を打つ。

それとは逆に父親は、この高額なテクノの修理に奔走するが悲しんではいない。父親にとってはあくまでもヤンはよく出来た家政婦なのだ。しかしヤンが残したメモリーを見ることによってヤンの今までの人生を辿り、次第にヤンを人間と同じ感情を持った存在として認知するようになる。

近未来の設定で、人種に関しては差別は無さそうだが、クローンやロボットに対しては差別がありそうだ。この映画にしても父親が一番保守的。それでエイダに質問して鼻で笑われているしw

養子の娘が中国系なので、お茶や言葉など中国文化の説明がちょこちょこ挿入される。

映画の最後のほうに娘がいなくなったヤンに中国語で話しかけるシーンがある。内容は「ヤンは世界で一番よ。嫌いだなんて言ってごめんなさい。いなくなってとてもさみしい。」いいシーンだと思うのだがここに日本語字幕は無い。何故だ?!

建築が好きな監督らしく、家のセットにはこだわっている。

インタビューの中でも答えているが、たまたま見つけたアイクラ―・ホームでセットを作った。アイクラ―・ホームとはミッドセンチュリーに売り出された建売住宅。これを近未来感は控えめにして自然と調和したぬくもりのあるインテリアでコーディネイトしている。

自然と光を切り取ったシーンが多く挿入されており、坂本龍一の音楽と相まってうっかりすると寝てしまう。睡眠はしっかりとってから見ることをお勧めする。