深読みが必要な「盛夏未来(この夏の先には)」

Netflixでただいま配信中。監督は「盛夏光年(花蓮の夏)2006年」を撮った陳正道(レスト・チェン)。ロケ地は厦門(アモイ)と三亜。

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主演はどちらも子役から大活躍している張子楓(チャン・ズーフォン)と呉磊(ウ―・レイ)。ついに00後(2000年以降に生まれた世代)の映画が登場したかと感慨深いものがある。呉磊はどんどん大人っぽくなってガタイも良くなり、制服姿がちょっと辛くなってきた。

受験に失敗して高校を留年するっていうのは今回初めて知った。見るからにかなりいいランクの高校で、制服もジャージじゃなくてポロシャツだ。

陳正道はこれまでも大陸で「催眠大師」「記憶大師」等を撮って経験豊富なはずなのだが、今回は設定が曖昧で着地点をずっと模索していたような感じがする。まず陳辰の母親がアル中なのかと思ったらただの酒好きだし、鄭宇星の父親も超お金持ちだけど、それ以外はまったく謎な人物。日常的に子供に暴力をふるってそうだがそれも見せない。

一番の問題は鄭宇星が好きな相手に対して字幕がずっと「她(彼女)」になっていること。これに関しては大陸の観客もこれはないんじゃないかと大ブーイング。検閲を避けるための策だとバレバレなのだが、もっとうまく処理して欲しかった。

とは言いながら、高校生が親の金を使って豪遊するのは全然OK!なのはまったく納得いかない。大陸の映画やドラマでは、問題を解決するのはいつもコネと金だ。こっちのほうが教育面で良くないだろう。

同じ受験をテーマにしたヒット映画「少年的你(少年の君)」にしても、あそこまで追い詰められた高校生はそうそういない。共感とか同時代感とかが青春映画には必要だと思うが、平均値のない国の青春映画は難しいなあとつくづく思う。

儚い恋愛物語「幻愛(夢の向こうに)」

リム・カーワイ監督セレクト「香港映画祭2021」から。「香港映画祭2021」は大阪シネ・ヌーヴォから始まり、今後は出町座(京都)、元町映画館(兵庫)、名古屋シネマスコーレ(愛知)、ユーロライブ(東京)の全国5都市で公開予定。

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2019年の「香港亞洲電影節」で上映され、2020年の台北電影節でも上映された。香港での一般公開は2020年7月から。日本でも映画祭などで上映されるかとずっと待っていたが、ここに来てやっと劇場で観ることが出来た。リム・カーワイ監督ありがとう。

タイトルの通り、幻想的で美しい映像が続く。主なロケ地は屯門。かつて屯門をこれほど美しく撮った映画があっただろうか。

阿樂が住む団地:湖景邨

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香港の団地はよく映画に取り上げられるが、ロの字の建物は閉塞感と緊張感がある。

ポスター撮影地:屯門碼頭長廊

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映画を象徴する風景。

2人が乗る屯門軽鐵

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香港の乗り物好きにはたまらない。

初めてキスをしたトンネル:沙田禾輋邨隧道

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屯門ではなく沙田で撮影して、後でCGで合成している。

総合失調症の男性がとあるきっかけで、自分の妄想で作られた女性と恋をする。その後実際に妄想の女性のモデルとなった女性と再び出会い、お互いに好意を持つ。

妄想の女性欣欣(インイン)は言わば「理想の彼女」。自分の庇護を必要とする純粋な存在だ。しかし実在する女性葉嵐(イップラン)は、卒業をかけた自分の論文を完成させるためには手段を選ばない野心を持っている。しかしそんな彼女の弱点は、誰とでも寝てしまうことだった。

精神分析の過程では「転移感情」といい、本来なら別の人間に向けられるべき感情を分析側或いは患者に向かって再現することを示す。精神科医も人間なのでつい相手の感情に引きずられることもあると思うが、だからと言って恋愛はご法度。このお約束はいろいろな作品にも登場するいわば常識だろう。2人の関係が明るみになった後に、葉嵐が最後に取った選択が気になるところ。

恋した時のフワフワした感じが最後まで残る映画。ラストシーンを甘いとみるかどうかは観客次第。

このシーン自体2人の幻想だと思ってしまった私は夢がないのかも知れない。

記録映画的な「夜香・鴛鴦・深水埗(夜の香り)」

リム・カーワイ監督セレクト「香港映画祭2021」から。「香港映画祭2021」は大阪シネ・ヌーヴォから始まり、今後は出町座(京都)、元町映画館(兵庫)、名古屋シネマスコーレ(愛知)、ユーロライブ(東京)の全国5都市で公開予定。

この日は終わってからリモートのトークショウも開催された。

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4編の短編で構成されている。

第1話:出城記

「夜香」とは昔トイレが各家庭になかった時代に、オマルを夜外に出した時の臭いのこと。大陸から海を渡って香港に移民をしてきた認知症のおばあさんとそのメイドのインドネシア人の日常を切り取ったお話。いわば旧移民と新移民の心の交流である。香港といえば、昔は英語が通じるフィリピン人が多かったが、最近は賃金の安いマレーシア人やインドネシア人が急激に増えた。ロケ地は元朗。

第2話:玩具故事

兄弟が母親が経営していたおもちゃ屋を訪ねるお話。どう見てもレアなお宝がいっぱいありそうなお店。そこでは兄弟の会話だけで、お互いの微妙な距離感とかが分かってしまう。お店が深水埗にあり、街の佇まいも多く登場する。

第3話:鴛鴦

香港名物のB級グルメがどんどん登場する。ここでも会話だけで2人の微妙な駆け引きが展開する。鴛鴦茶とはコーヒーと紅茶中国茶ブレンドした香港発祥の飲み物。香港で一番ロマンティックなKFCも登場するが、理由を知って「ああ、なるほど」と納得。

第4話:It's not gonna be fun

これだけドキュメンタリー。親中派がガチ当選しそうな選挙区に普通の一市民が立候補する顛末を描いている。こちらも深水埗がメイン。街角演説していたのは多分西九龍中心(ドラゴンセンター)の入口かな。二級歴史建築の深水埗警察署も登場する。

監督と脚本は「念念(あなたを、想う。)」「叔、叔」「濁水漂流」のカメラマンの梁銘佳(レオン・ミンカイ)。但し今回は撮影は別の人で、監督に専念している。

第3話にも登場するケイト・ライリーは共同監督としても名を連ねていて、梁銘佳のヨメ。トークショウでは2人仲良くいろんな質問に答えてくれた。

監督としては、今後大きく変わっていく香港を記録するためにこの映画を撮ったらしい。実際にロケ地の中にはもう既にない場所もあると言っていた。

監督の手法は遠回りに見えながらも実に多くの事柄を伝えている。例えば第2話では母親は一度も登場しないが、話の中心が母親なのは間違いない。第3話でも、2人がお互いに好意を持っているのは手に取るように分かるのに、全く進展しないから観ていてやきもちしてしまう。第4話に至ってはもう既に香港の議会は親中派が多く占めていることを示唆している。

演じているのはプロの俳優ではないので、どの話もリアリティがある。なので第4話で映画からドキュメンタリーに変わっても流れはスムーズだ。

香港はこれから確実に変わる。それはもしかしたら今まで知っていた香港の姿ではないかもしれない。

やっぱり香港から目が離せない。

11月26日からNetflixで配信開始「華燈初上(華燈初上-夜を生きる女たち-)」

第1シリーズは全8話。この後第3シリーズまで続き、全部で24話まで。ルビー姐さんがプロデューサーと主演を務めていて、その関係か出演者が豪華。こんなお店が実際にあったら繁盛すること間違いないよね。

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中心になっているのは1988年の林森北路にある日本式クラブ「光」。林心如(ルビー・リン)演じるローズと、楊謹華(シェリル・ヤン)演じるスーがママとなってお店を切り盛りしている。

それと時間が交錯しながら語られるのが、女性の遺棄死体。どうやら「光」と関係している人物らしいが、詳細は徐々にか語られない。このあたりのミステリー仕立てが実にうまい。

お金を持っているNetflix制作らしく、林森北路の街並みや、それぞれの部屋、衣装も80年代をゴーシャスに再現している。

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2人のママ以上にお店の女たちも一筋縄ではいかないキャラばかり。個人的には雅雅の変身ぶりに一番期待している。

一番の見どころはローズの誕生日パーティーでの、ローズとスーの緊張したやりとり。女同士のケンカというと安易にヒステリックな演出をやりがちだが、そんなんじゃちっとも怖くないだろう。このシーンは本当にゾクゾクする。

第2シーズン以降の配信予定はまだ発表されていないが、第1シーズンの内容を忘れないうちに早く次を配信して欲しい。

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今後呉慷仁(ウー・カンレン)もローズのライバルとして登場する予定。呉慷仁は何でも演じるなあ。

東京フィルメックスで「瀑布(The Falls)」を観る

鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の新作。台湾では10月29日から一般公開。

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鍾孟宏ファミリー以外にもよく見かける面々がゲスト出演している。離婚した父親は李李仁(リー・リーレン)、母親の再就職先の上司は陳以文(チェン・イーウェン)、精神科医は許瑋甯(ティファニー・シュー)、消防士は劉冠廷(リウ・グァンティン)だ。

高校卒業まじかの娘が統合失調症の母親の面倒を見る内容だが、敢えて極端な展開は避けている。ドラマティックに話を盛ろうとすれば、母親をもっと怖ろしく描くことも出来ただろうし、言い寄ってくる上司も下心見え見えのゲス男にすることも出来たはずだ。しかし監督がここで描き出したいのは、未成年の娘と母親の立場が逆転した日常生活なのだ。2人の生活に寄り添うように物語は進んでいき、後半にはくすっと笑えるようなエピソードも盛り込まれている。そしてそのまま平穏な日々が続くのかと思いきや、最後に怒涛の展開が。これにはちょっと驚いた。結末が悲惨じゃなくて良かったが。

上映の後は監督とのQ&Aがリモートで行われた。相変わらず飄々とした冗談好きな監督である。

プロデューサーとしても含め、毎年何かしら映画制作に携わっている多忙な監督である。次回作は是非監督本人が日本に来てもらいたいものだ。

 

追記:Netflixで「瀑布」のタイトルのまま、2022年1月29日に配信予定。

東京国際映画祭で「智齒(リンボ)」を観る

第一印象はポスターからも分かる通り「みっちり」。監督はきっと余白恐怖症に違いない。香港では11月18日から一般公開。

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全編モノクロなのはあまりにもグロいシーンが続くからだろう。最初の腐敗した左手のシーンからして臭いまで漂ってきそう。それでもそれがスタイリッシュかつ美学まで感じ取れてしまうのはベテラン鄭保瑞(ソイ・チェン)監督の力量だろう。「狗咬狗(ドッグ・バイト・ドッグ)2006年」「意外(アクシデント)2009」「車手(モーターウェイ)2012」など私好みの作品も多い。今回は更に監督自身が好きなものを突き詰めて撮った感じ。

舞台はディストピアな香港。登場するのはちょっと壊れてしまった刑事、ヤク中、売人、ゴミ拾い、路上生活者などなど。場所もゴミだらけの部屋、行き止まりの路地裏、さびれた団地と香港の裏の世界ばかり。

池内博之のヨゴレっぷりにも感心。イケメンほどああいう役を嬉々としてやりたがったりする。

役者たちはみんな体当たりで演技していて、特に主演女優の根性にも恐れ入った。

しかし!私が観た6日は別の場所で「瀑布」も上映していて時間が被っていた。なので最後の20分間は観られずじまい。泣く泣く映画館を去った。

きっとどこかで続きが観られることを祈ろう。

東京国際映画祭で「青春弒戀(テロライザーズ)」を観る

「弒」て難しい漢字だなあと思っていたら、たまたまその時読んでいた京極夏彦の小説にも書かれていた。これがシンクロニシティということなのか!?

台湾では11月19日から一般公開。

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予告編を見ると通り魔的な犯罪を思わせたが、もっと複雑な構造になっていた。現代を生きる都市部の若者群像劇で、今最も活躍している実力派若手俳優が主演を務めている。そして愛情を渇望しているのに手に入らないもどかしさを初々しく演じている。

しかし、その若手たちを上回る存在感を見せつけているのが、前回「幸福城市」から続けて出演している丁寧(ディン・ニン)姐さん。

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この丁寧姐さん演じる萧姐と事件を起こす明亮が疑似親子のような関係になり、明亮の自首へと繋がっていく。前作の「幸福城市」でもそうだが、この「母親に対する渇望」が何蔚庭(ホー・ウィディン)監督にとって、作品の重要な要素になっているのかもしれない。

但し2010年で長編デビューしてから作品数はまだ多くないので、この2作品で監督の個性を語るのも時期早々だろう。

「幸福城市」の感想はこちら。

mingmei2046.hatenablog.com

最後のうやむやなラストシーンは、観客の想像に委ねるということでいいのではないか。個人的には2人でその後幸せになればいいなあと思う。おバカだけど偉大な愛だ。