エモいだけじゃない、ひと夏の思い出「アフターサン」

これほど説明を排した映画も昨今珍しい。20年前に父親と過ごした夏の思い出を振り返るが、大人になってその思い出の中に新しい発見をする。

楽しい思い出のはずなのに、映画の冒頭から何やら不穏な雰囲気だ。というのもBGMが何ともいえない不安な音楽なのだ。昔のビデオを見返す大人になった娘の表情も暗い。時折挿入されるフラッシュバックのような、踊り続ける人々のシーンも気にかかる。

お父さんが若くてハンサム。ハゲてないし腹も出ていない。ちょっと呉慷仁(ウー・カンレン)に似ている。普段は子供と別々に暮らしてるので、まったく所帯じみていない。そんなお父さんと一緒にいて、兄妹に間違われて娘も得意げだ。

お父さんは最初右手にギブスをつけていて、途中自分でそのギブスをはずそうとするシーンもある。でも何故骨折したのかという説明はない。

娘は11歳だが、旅先で知り合った男の子とチューするくらい早熟。あと数年もしたら「彼が避妊してくれないの」と悩みそうな感じだ。でも大人になったら女性を好きになるんだけど。

映画ではしょっちゅう日焼け用クリームを2人で塗り合うシーンがある。でも美男美女の組み合わせなので、親子なんだけど雰囲気はちょっと恋人みたいなかんじ。

ささいなケンカもするし、父親の31歳の誕生日に同じツアーの他人を巻き込んで誕生日の歌を歌ったりして、最後は空港で笑顔で別れる。

その一部始終をビデオは記録しているが、それは単に映像として写しているだけだ。その映像を見て、父親の年齢になった娘は当時の記憶を蘇えらせていく。

久しぶりに会う娘の前で、何とかいいお父さんでいようという父親のがんばりが健気。でもいっぱいいっぱいなのが次第に伝わってくる。そこからのお誕生日ソングの合唱は、普通のお父さんなら目から水鉄砲のように涙が飛び出るレベルのサプライズだ。だがこの映画の父親の嗚咽はもっと深い悲しみから生み出されている。

このお誕生日ソングは「Happy Birthday to You」の次に世界でたくさん歌われている「For He's a Jolly Good Fellow」。歌詞が意味深。

そしてラストシーン。1人になった父親が一人で誰もいない廊下を後ろ姿で歩いて行き、扉の向こうに消えていく。

このシーンの講釈はさまざま。それは観た人のものなので、正解も間違いもない。

いい映画。