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譚家明監督「烈火青春」を観る

9月19日から10月12日まで香港電影資料館で、パトリック譚家明監督がTVB時代に撮ったテレビドラマ作品を特集する。観に行きたいがビザの関係で、その時自分がどこにいるのかも分からない状態なので少し諦めていた。
そんな時たまたま旺角で「烈火青春」のVCDを見つけた時にはびっくりした。1982年の作品である。まだ売っていたのか。
この作品は香港映画の美術について解説する「繁花盛放」という本にも紹介されていて、ずっと見てみたいと思っていた。譚家明監督は商業娯楽映画中心の香港において、ずっと映像にこだわりを持った監督である。色や構図が人物の科白と同等に映画を語っている。美術担当はウィリアム張叔平で他の作品にも参加している。
内容は4人の若者の自由な性と精神を当時の流行に織り交ぜて展開する。「デヴィッドボウイ」「能」「三宅一生」「NOMADと名付けられた船」こういったものが記号として平面的な構図の中に配置されている。それが逆に分かりやすすぎて陳腐な印象すら受けるが、82年の香港からすれば充分刺激的だったのではないか。
そこにかつての恋人である元赤軍の日本人が登場してから一気にエロスからタナトスに突き進む。殺戮のシーンはまるで別の映画なのだが、それはその部分を別の人が撮ったからだ。(編集は譚家明)
この映画を見ると譚家明→王家衛という流れがよく分かる。特にレスリーが行き場を失った葉童(イップトン)に声をかける夜の街角のシーンは「阿飛正傳(欲望の翼)」ととてもよく似ている。
全体的にやりたい事が未消化で技術的な面でも遅れているので、この映画の欠点をあげつらうのは容易い。だからといってこれが駄作かというとそうでもない。その辺りの感想も王家衛の作品と共通している。